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牛のように生きたい。

好きな本の書評を中心に、日ごろ自分が感じたこと、考えたことをつらつら発信します。

文豪・夏目漱石の人生観や思想を学べる『漱石人生論集』

偉人の思想を学び人生の糧にしたい。

いよいよ三十路に突入し、家族もでき、社会人としても中堅の域に入ってきました。

これまでの自分の人生を振り返って思うのは、

「な~んにも考えずに生きてきたなあ」ということ。

 学生時代にもっと将来を考えて勉強しておけば・・・

どんな人生を歩みたいか、真剣に自分と向き合っていれば・・・

と、これまでの人生の浅薄さに焦ることが多くなってきました。

「もっと真剣に、これからどう濃密な人生を送るべきか考えなアカン」と思い立ち、まずは有名人の思想や考え方を学ぼう!そこからヒントを得よう!

というわけで、近所の丸善で購入した『漱石人生論集』の感想と内容の紹介をします。

 

まずこれがどんな本かというと、

夏目漱石の残した、雑誌や新聞への寄稿文、講演や談話などを書き記したもの、友人らに宛てた手紙や手帳へのメモ等を中心に、漱石が人生論や思想について語っているものを集めてきたものです。
小説について論じたり、作家の心構えについて書いたものもあり、色々と興味深い内容なのですが、漱石の人生観の根本をさっくり知るには、明治三十九年に狩野亨吉に宛てた書簡と、「私の個人主義」(これだけ単独で文庫化されていますので、知っている人は多いと思います)を読むのが良いと思います。

人生の迷いとやるべきことを見つけた喜び。

書簡の中で、漱石は人生への煩悶について語っています。


私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、と云って何をして好いか少しも見当が付かない。私は丁度霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。(中略)

私は私の手にただ一本の錐さえあれば何処か一カ所突き破って見せるのだがと、焦燥り抜いたのですが、生憎その錐は人から与えられる事もなく、又自分で発見する訳にも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰欝な日を送ったのであります。

これがまさに今の私です。

「自分はこんな仕事をしている場合なのか」「何も深く考えずに漫然とした日々を過ごしていていいのか」という考えが頭を支配して、モヤモヤしてしまうことがよくあります。

「じゃあ何がしたいの?」と言われても、答えに詰まってしまうのですが、、

 

しかし漱石は英国へ留学したのをきっかけに、「自己本位」というキーワードを得ることで、生涯をかけて取り組むべきことを見つけることができました。
そして後年、これから社会に旅立つ学生達に、自分の味わった煩悶を繰り返すようなときはどうすべきかを伝えています。(「私の個人主義」)

何うしても、一つ自分の鶴嘴で掘り当てるところまで進んで行かなくってはいけないでしょう。いけないというのは、もし掘りあてる事ができなかったなら、その人は生涯不愉快で、始終中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです。

さらに、

ああここにおれの進むべき道があった!漸く掘り当てた!こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。容易に打ち壊されない自信が、その叫び声とともにむくむく首を擡げて来るのではありませんか。

私も今、自分が本当にやりたいことを日々考えていますが、いつかこの「金脈を掘り当てる」瞬間が来ればいいなと強く思います。

 焦らず、どっしりと構えて生きる。

しかし、やる気になって物事に取りかかろうと思っても、なかなか前に進まない。
そんなとき、漱石の言葉が助けになると思います。

漱石晩年の弟子にあたる、芥川龍之介久米正雄に宛てた書簡には次のような言葉があります。

 

然し無暗にあせっては不可ません。ただ牛のように図々しくすすんでいくのが大事です。

あせっては不可ません。頭を悪くしては不可ません。根気ずくでお出でなさい。(中略)うんうん死ぬ迄押すのです。それ丈です。決して相手を拵えてそれを押しちゃ不可ません。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうして吾々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。

 

牛のように、一歩一歩できることを着実に積み重ねていく。周りに流されず、自分が必要だと思うことを愚直にやっていく。

それが大切なのだと解釈しました。

 

業界知識を深めたい、政治に対して意見を言えるようになりたい、英語をマスターしたい、専門分野を作りたい・・・

やりたいことは次から次に湧いてきますが、焦らずにぼちぼちやるのが精神衛生的にも良いかと思いました。