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牛のように生きたい。

好きな本の書評を中心に、日ごろ自分が感じたこと、考えたことをつらつら発信します。

シーナ・ワールドの入門編『武装島田倉庫』

まずはこれから読んでみよう。

たまに知り合いから「椎名誠のおすすめって何?」と聞かれることがあるのですが、そんな時に必ず紹介するのがこの『武装島田倉庫』という作品です。

(相手がSFファンじゃなくてもすすめます。)

椎名誠の数あるSF作品の中でも「SF3部作」と呼ばれる本格派SFの一つです。

ページ数は200ページ(新潮文庫版)と少なくお手軽に読むことができるボリュームながら、随所に「椎名誠らしさ」が散りばめられた、内容の濃い作品だと思います。

 目次から全開のシーナ・ワールド。

この作品は、同じ世界を舞台にした七つの短編で構成されています。

短編はそれぞれ独立していますが、一部前の話の続編のようなものもあるし、同じ人物が違う話に登場する場合もあります。

本編に行く前に、まずは目次を眺めてください。それぞれの短編のタイトルが並べられていますが、ここからすでにシーナ・ワールドは始まっています。

 

武装島田倉庫

泥濘湾連絡船

総崩川脱出記

耳切団潜伏峠

肋堰夜襲作戦
魚乱’ 魚齒’ 白浜騒動(カミツキウオしらはまそうどう)

開帆島田倉庫

 

いかがでしょうか?

言葉の意味が何となく分かるような分からないような、しかし何だか妙に心を惹かれるような・・・そんな心境になりませんか?

シーナ・ワールドにどっぷりつかったファンなら、作者の絶妙な言語センスが現れたこのタイトル群を眺めただけで、ニヤリとするでしょう。

設定自体はわりとよくある。

舞台は近未来のとある国。戦後の荒廃した日常の中で暮らす人々の話。
彼らの周りには、油で汚染された海(油塗れという生易しいレベルでない。油と泥の混じった海で、波が起こればその重い一撃で船を砕くほど)などの異常な環境や、その環境の中で異常進化した生物たちが蠢いています。
作中では、この異常進化した生物が生々しく描写されています。
例えば、タイトルにもなっている、魚乱’魚齒(カミツキウオ)はどんな生物かと言いますと、

黒と褐色がくねくねいやらしくまだらになっており、全身が油泥をからめてぬらぬらと光っていた。そいつの巨大な頭の後ろ側には不規則にいくつも突き出た剣鰭がざわざわと踊り、その長さは地上から先端まで四、五メートルはありそうだった。大地を叩くU字型の尾までの長さは十五メートルは下らないだろう。ぐわッとあいた巨大な口のまわりにまんべんなく生じたおびただしい数の反り牙はもう海の中の生き物のそれではなかった。

この凄まじい怪物の様子が分かるでしょうか。こんな奴が油泥で見えない海にいるのだと考えると身震いします。
もう一種類、カンクロウと呼ばれる魚の描写も見てみましょう。
こいつも異常な環境の中で、独自の進化をした生物です。

カンクロウは金にはなるけども獲る時はうるさくてのう。一日やってると頭がおかしくなってくるのさ」

「うるさいって、何か水の中で鳴くんですか?」

七造ははじめて聞く話だった。

「水の中だけじゃあねえよう。あげたあとに人の言葉によく似たようなことを喋るんだ。まあ大抵はわけのわからねえこと言ってるけど、最初のうちは気味が悪いや」

 喋る魚です。今はせいぜい「わけのわからねえこと」らしいのですが、そのうち、人間の言葉で命乞いなんてし出したら・・・と、不気味な思いにかられます。

 

舞台は戦後ですが、敵国である「北政府」とは現在も小競り合いが続いているほか、荒廃した世界にありがちですが、盗賊団たちも跋扈しています。
食糧もろくなものはなく、人々は非常に過酷な生活を強いられています。

今まで見てきた、近未来・異常な環境・異常な生物などの要素は、SFでは珍しくない設定ですが、シーナ・ワールドと呼ばれるだけあり、椎名誠の描くSFは、作者独自の色がちりばめられています。

独特の言語感覚(造語センス)。

タイトルもそうですが、作品全体を通して、作者独自の軽快な造語が頻出します。

例えば「泥濘湾連絡船」の冒頭のシーン。

詰腹崎の突端から吊目温泉までをつないでいた切屑大橋が落ちてしまってもう修復不可能の状態になっていたので、(中略)漬汁屋はそう言いながら両手にはめていた薄いイカ腹手袋をべらべら乱暴に引き剥がすので(後略)

詰腹崎、吊目温泉など、日本のどこかにありそうなヘンテコな地名から始まり、「いくらなんでも橋にそんな縁起でもない名前は付けないだろう」と思ってしまう切屑大橋が出てきます。

さらに商売内容が比較的想像しやすい「漬汁屋」(本編で後から出てきますが、いろんな煮汁にご飯につける、漬汁飯を提供する飲食店のようです。うまそう。)が登場、彼のはめている「イカ腹手袋」も何となくイメージが出来てしまうのがすごい。

そんなことを感じながら読んでいくと、思わず知らずこの小説に引き込まれていきます。

シーナ・ワールドの真骨頂は、この「明らかに造語なのにそのイメージが浮かんでくる言葉」が、くどくならない絶妙なタイミングで頻出するところにある、と言っても過言ではないと思います。

次は、「耳切団潜伏峠」で主人公の青年・百舌の雇い主である装甲貨物車の運転手の描写です。

男は酸やけした鉄色の眼をしており、細く引き締まったくちびるに何か黒い弾木の実(はじけだま)をくわえていた。

以降、この男は作中で「鉄眼」と呼ばれますが、「酸やけした鉄色の眼」がどんなものか、不思議とイメージできてしまうのではないでしょうか。

他にも「ニチャつく声」や「ふかふか笑った」など、今までない言葉で読者にイメージを伝える場面がたくさん出てきます。

過酷な世界でたくましく生きる登場人物たち

本作品の最大の魅力は、ひどく過酷な世界であっても、登場人物たちがあくまで明るくたくましく日々を送っているところでしょう。

「武装島田倉庫」の連中は、倉庫に運び込まれるヤバい荷物(カミツキウオの幼魚や、一つ目の少女まで、明らかに危険なものが入ってくる)を捌きながら、ちゃっかり一部をくすねたりしています。倉庫の中に寝床となるお気に入りの場所を作ったり、休みの日には街に繰り出したりと、過酷な日常の中にも、ささやかな楽しみを見出しています。

「総崩川脱出記」は、河原に住む少人数の一族が、新天地を目指して旅をする話ですが、険しい山と異常進化した生物たちによって、仲間が次々と脱落していきます。それでも旅が悲壮なものにならないのは、新天地への期待と旅をすること自体の楽しさを登場人物達が持っているからでしょう。

一行は最終的に川を下ったところで別の一族と出会い、ともに暮らすことになりますが、主人公の捨三は、その安住の地から去り、別の土地へと一人で旅立つことを決意します。彼の出発を見送る仲間達が「吠えるような声で」叫んだ別れの言葉は、世間に出て行く若者たちへの、作者からのエールともとれるでしょう。

 

世界各地を自分の足で歩き、色んな地域で日常を暮らす人々(その日常は、決して平穏無事なものでない)に直に接してきた作者の暖かい眼差しを、作品全編で感じることができます。

最終章である「開帆島田倉庫」のラストも、場面の状況は非常に暗いですが、主人公・可児才蔵を始めとする島田倉庫の面々はあくまでも明るい。

数日前に、北政府に対して本国からゲリラ攻撃を仕掛けた(この様子は「肋堰夜襲作戦」で詳細に語られる)ため、北政府は報復措置として、黒い油の雨を降らす人工雲を発生させました。瞬く間に大地は油の雨で汚染され、川は氾濫。頑丈な島田倉庫も油の濁流に呑まれんとしていました。

そこで、倉庫長の正宗が、「とりあえず町のあたりまで進んでいこう」と提案します。
どうやって行くのか?外に出れば濁流に流されて命はありません。

そんな疑問に、正宗は「この島田倉庫ごと行きましょうや」と言います。

かくして、倉庫の面々は、油塗れになりながら、倉庫の支柱を爆破し、倉庫を船のようにして流されていく作業に取りかかります。

全員が屋根の上に避難した後、支柱が爆破され、ついに島田倉庫は開帆します。

「わあ……」と、米村を加えて八人の男は子供のように陽気な歓声をあげた。可児才蔵は、こうして自分たちが町や海にむかって進んでいって何がどうなっていくのかまだ何も分からなかったが、とにかくこの油泥の中をどこかへ進んでいく、というのは嬉しいことだ、と考えていた。

絶体絶命で先行きが絶望的な状況でも、男達は「子供のように陽気な歓声を」あげ、まだ見ぬ世界に行くことを、「嬉しいことだ」と思ったわけです。

最終的に彼らや他の連中がどうなったのかは語られません。

それでもきっとどこかで生き延びて、その日その日をしたたかにたくましく生きているに違いないと思います。